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1859_1_三宅克己《巴里サン・ミッシェル橋》.JPG

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画家たちのパリ、フランス-ひらくまなざし-
2026年3月20日〔金〕ー7月20日〔月〕
明治期から現代まで、日本人画家たちにとってフランスの首都パリはまさに憧憬の的であり続けました。海路や陸路を使い 何日もかけてたどり着いた芸術の都は、美術を志すその目に新鮮に映ったことでしょう。期待に胸を膨らませた彼らは、独自の表現を探求するため、同世代の画家と切磋琢磨し、時にはモネやルノワールといった巨匠らの助言を受けながら、制作に励みました。しかし、技術の習得や表現の探求において重要なのは、制作活動だけではありません。もう一つ欠かせない要素が「見ること」です。ルーヴル美術館をはじめとする現地の美術館やギャラリーは、彼らに大きな刺激を与えました。さらに、異国の風景が見せる多様な表情は画家の心に深く刻まれ、表現の幅を広げる契機となったのです。
第1回の文部省留学生として留学を果たした岡田三郎助をはじめ、「光の速写」を編み出してパステル画を広めた矢崎千代二、フォーヴィスムやキュビスムなどの新運動を吸収した川島理一郎、エコール・ド・パリを代表する画家・藤田嗣治を師とし「エビハラブルー」を生み出した海老原喜之助、生涯の大半をフランスで過ごした平賀亀祐、佐伯祐三らと切磋琢磨した川口軌外、三重県松阪市ゆかりの画家中谷泰らを含め、戦前戦後を通じて多くの画家が新しい表現を求めてフランスへと渡りました。
今回は同地に過ごした日本人画家による風景画を中心に、戦前・戦後の絵画を紹介いたします。画家が体験したフランスの日常風景、たとえばその日の太陽の温かさ、風の香り、喧噪や静けさ、時の移ろいなど、画家それぞれのまなざしからひらかれた心に残る表現に、五感を澄まして注目していきます。
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